HOME  >  みんなの声  >  先生のコラム  >  鍼灸医学と病理学の接点を求めて-その7.天地の間(はざま)にある人

先生のコラム

鍼灸医学と病理学の接点を求めて 西岡敏子
 
その7.天地の間(はざま)にある人

現代の生命科学の花形はDNAである。そしてそれを構成している「アミノ酸」でありタンパク質である。
どの本を開いても「アミノ酸」「タンパク質」! しかし「何で“アミノ酸”なのだろう?」という疑問が頭をかすめた。

「アミノ酸」はアミノ基とカルボキシル基をもつ炭素化合物である。複雑な亀の甲を思い浮かべるだけで頭が痛くなってしまう方も多いだろう。「何で“アミノ酸”なのだろう?」という疑問は、「肉体は何でこんなに複雑で、処しがたいのだろう?」という臨床からくる疑問であり、また老境に達して「生きることの難しさ」を実感している自分自身の問題でもある。

ある日「アミノ酸」の構成元素「N・H・C・O」は「地の構成要素ではなかろうか?」と考え、『素問』陰陽應象大論篇を思い出した。ほんの一部を引用する。

「陰陽者.天地之道也.…積陽爲天.積陰爲地.…陽化氣.陰成形.…故清陽爲天.濁陰爲地.(陰陽は天地の道也.…陽積りて天を為し.陰積もりて地を為す.…陽は氣を化し.陰は形を成す.…故に清陽は天を為し.濁陰は地を為す.)

訳はこんなところだろうか。「陰陽は天地宇宙の普遍的な法則である。…陽の気は上昇して積もり積って天を形成し、陰の気は下に積もり積って地を形成する。陽は目に見えない気に変化し、陰は目に見える形に変化する…澄んで軽い陽気は天を形成し、濁って重い陰気は地を形成する。…」。
そう、肉体は「濁陰」である地の要素を多分に持っていると思われたのである。

また『霊枢』本神篇には次のような文もある。

「天之在我者.徳也.地之在我者.氣也.徳流氣薄而生者也.故生之來.謂之精.兩精相搏.謂之神.隨神往來者.謂之魂.並精而出入者.謂之魄.(天の我をあらしむるものは徳也.地の我をあらしむるものは氣也.徳流れ氣せまりて生ずる者也.故に生の來る.これを精という.兩精相いうつ これを神という.神にしたがいて往來する者.これを魂という.精に並びて出入する者.これを魄という.)

訳は難しいので意味だけに留めよう。「私という人間は、天と地との要素によって創られたものであり、生のおおもとである精に神(気)が宿ったものである。神(気)に由来するものが魂であり.精に由来するものが魄である.」。これは「人間は死ぬと魄が地上に残り、魂が天にかえってゆく。」ということをも示している。

「魂魄」の字を図1でみると、「魂」は「云+鬼」、「魄」は「白+鬼」とどちらも「鬼」のつく会意文字である。
「云」は雲の形で、卜文では竜が雲に頭をかくし巻いた尾が下に垂れており、「白」は、野ざらしのまま白骨化した頭骨の形であり、「鬼」は鬼頭のものの蹲踞(うずくまる)する形につくるが、『説文解字』に「人の帰する所を鬼と為す」とある。
つまり「魂魄」は、人の死後、天と地に帰するものであり、「魄」は骨を含む有機体である肉体をさすものともいえる。
図1:魂魄の象形
そこで「天人地」の構成元素を調べてみた。まあ、これが科学的な方法とは露ほども思っていないが、結論は「天地」両方の要素を取込んでいるということになる。
図2:天地の構成元素

しかし、生命現象と関りの深い「炭素」の由来がはっきりしないが、これは生命の起源にさかのぼる大問題のようで私の手にはあまる!

「先生のコラム」トップへ

ページの先頭へ戻る