HOME > みんなの声 > 先生のコラム > 鍼灸医学と病理学の接点を求めて-その9.DNAと「易経」(下)
5.易64卦コドン表 さて次はコドンボックスに64卦を当てはめてみよう。 『易経の謎』の著者は「 T(チミン)-老(太)陽、C(シトシン)-老(太)陰、A(アデニン)-少陽、G(グアニン)-少陰」とする(今泉案)。 それでも64卦は成立するが、私は先に述べた原則―ピリミジン系のT(チミン)、C(シトシン)を「陽」とし、プリン系のA(アデニン)、G(グアニン)を「陰」とする前提--と、『難経』にあるような「季節のめぐり」を基準として「 T(チミン)-太陽、C(シトシン)-少陽、A(アデニン)-少陰、G(グアニン)-太陰」という配列にしてみた(西岡案)。 表3が今泉案、表4が西岡案である。 表3と表4では一見たいした差はないようであるが、表4のように2進法の数を挿入してみると、西岡案では「太陽」のボックスから「太陰」のボックスまで、その数が順番に減少する法則性がみえてくる。 さて現在伝承されている易卦の構成表は、「乾兌離震巽坎艮坤」の順に8卦を配列し縦横の組合せが64卦となっている。ところが『馬王堆』の易経では「乾」の次に「坤」が来るなどかなり異なっていて、これが絶対的なものではないようなのだ。 試みに2進法の数を現行の64卦構成表に入れてみると表5のように法則性がないのだが、「兌-巽」「震-艮」を入れ替えると、表6のように見事な数字の配列が見えてくる。そしてこのまとまった数字のグループが、図4(図を表示)でみた「乾-巽」、「兌-坎」、「離-艮」、「坤-雷」のコドンボックスと同じなのである。 6.ライプニッツの見た64卦方位図 この易卦を2進法の数であらわすということは、18世紀のライプニッツに始まるものである。図5は、そのライプニッツ自身が2進法による数字を書き込んだ「伏義64卦方位図」であるという(『易のはなし』高田淳著・岩波新書)。 細かいことは省略して、この図の数を追うと、「坤為地-0」から始まって右旋上行して「天風后-31」で下行し、「地雷復-32」から左旋上行して「乾為天-63」に至る「めぐり」になっている。 この数字の規則的な配列は現行の64卦の構成表である表7に一致する。そしてまた面白いことに、この「めぐり」は、図4(図を表示)で示した「めぐり」と真逆になる。またこの図の対角線上の卦は、先天八卦図と同じように陰陽を入れ替えた形になっている。 同じ2進法の数をあてはめてこのよう違いが出るのは、数の位づけによる違いである。 例えば、乾為天「111111=63」、坤為地「000000=0」は文句ないとして、山地剥を「10000=1」と数えるか「100000=32」と数えるかである。 それを私は「上爻からの2進法数」、「下爻からの2進法数」と名づけた。山地剥を「10000=1」とみるのは「上爻からの2進法数」であり、「100000=32」とみるのは「下爻からの2進法数」である。 易は「下から上」に進むのが原則であると私は思っているので、表4(図を表示)は「下爻からの2進法数」である。それが表6(図を表示)のコドン表となった。「上爻からの2進法数」が表7の現行の64卦構成表である。 試みに「上爻からの2進法数」で、64卦コドン表を書き替えてみたが、それでは数字もバラバラであり、ボックスを入れ替えても肝心のアミノ酸のグループがバラバラになってしまいDNAコドン表としては用をなさないということが確認できた。 だからといって「上爻からの2進法数」が全く意味がないということではなく、これはこれでひとつの大きな真理である。ただ、DNAのアミノ酸合成の塩基配列の原理には適合しない、というだけであろう。 予定より大幅に紙面を使ってしまった。最後の「2進法」について、これを紹介された『易のはなし』の著者高田淳先生はその章の最後で「まず陰陽を0と1とすること自体が中国の易の考え方ではない。」とされて「2進法的発想が、イエスかノーかの二つの答えを自己制御するコンピューター理論につながるとはいえても、ライプニッツのそれと易論とのアナロジー(類推)は成立しないのである。」と結んでおられる。 しかし私は『易経』は東西の哲学や宗教観を越えた普遍的な原理であると思うので、その原理のもとでさまざまな事象を推論する試みは大いにするべきではないかと考えている。 7.『易経』は大いなる原理 最後の結論らしきことは、現在伝承されている「64卦構成表」は、もちろん大原則であるが、それがすべてでなさそうである。 DNAのコドン表から類推すると、現在伝承されている「64卦構成表」の「兌-巽」、「震-艮」のグループを入れ替えた別のシステムが存在していた可能性がある。 何故なら「乾-坤」「離-坎」のグループは相互に陰陽を入れ替えた形であるが、上下を転倒しても同じ形であり意味も変ることはない。しかし「兌-艮」、「震-巽」は相互に陰陽を入れ替えた形であるが、「兌-巽」、「震-艮」は相互に上下を転倒した形となって意味が大きく変ってしまうからである。 表6の下爻からの2進法数による64卦構成と、表7上爻からの2進法数による現行の8卦構成は、あるいは相互に陰陽の関係にあるのかも知れないし、またさらなる大きな原理のほんの一部であるかもしれない。 しかしそれではあまりに煩雑で混乱するので、ある時期…おそらく前漢の時代に現行のものに統一することが決められ、『易経』序卦伝、説卦伝がなどがもっともらしく編纂されたのではあるまいか? この結論は、数年前に投げかけられた「2進法と64卦構成」という問題に対して一度出されていたものであったが、今回DNAの構成を再考して、先の結論を再確認する結果となった。 『易経』の世界はとてつもなく宏大で神秘である。本校において『易経』を学び、『難経』という鍼灸の古典を『易経』によって読み解く機会が与えられたことによって、専門外のこのような大問題に生意気にも斟酌できること(正否は別としても)は、私にとって非常に幸運なことであった。